北朝鮮のテレビ放送は、平日は夕方5時から始まる。堅い番組だけかと思っている人が多いが、漫画(アニメ)も放送される。今回も幾つかのアニメ放送を興味深く見た。漫画は、その時の世相を反映させるからだ。
面白かったのは「トラを負かしたハリネズミ」だ。故金正日総書記がアニメ製作者に語った逸話を基に創作されたと言われている。製作されたのは数十年前だが、いまでも、子供だけでなく大人にも人気のあるアニメだ。ストーリーはこうだ。
ある村で一番の力持ちかを決める試合が行われ、明け方から多くの獣が集まる場面から始まる。
まずはクマとイノシシが力比べをする。ところが、試合の途中「山中の王」だと自称するトラがキツネとともに現れて「試合をする必要もなく、この世に自分に勝つものはいない」といばる。
ほかの獣はその威勢におののいてブルブル震えていたが、ハリネズミが出てきて「誰が勝つか、負けるかは試合をやってこそ分かる、言葉だけでは決めない」と言い放った。
怒ったのはトラで、ハリネズミを踏みにじろうとした。しかし、体を丸めて栗のいがのようになったハリネズミの背面の針に足元を刺される。それでもトラは、むやみに襲い続ける。
ハリネズミはトラの鼻に力いっぱい針を刺す。ハリネズミの攻撃にノックダウンされたトラは遁走する。へとへとになったトラは、自分の前に落ちた栗のいがをハリネズミと間違えてびっくり仰天。栗のいがに向かって、許してくれと平伏哀願する始末だった。
このアニメ、北朝鮮の人々は自分たちをハリネズミにたとえてい
る。小柄な身であっても自分の力を信じ武装するなら、いかなる強敵をも打ち勝つことができると確信している。つまり、アニメに登場する獣の形象を通じて大国に対する幻想を捨て、自らの力を培わなければならないという思想だ。
北朝鮮の風刺によくあるが、主に弱い獣が知謀に富み、利口なので勝者となる。いま、北朝鮮をめぐる世界情勢はもっとも危険な状態と言える。まるで「トラを負かしたハリネズミ」のように、大きなものと小さなものの真剣勝負が目の前で行われている。
北朝鮮の国防委員会は、ロケット打上げに対する国連安保理の決議に対して「アメリカとは言葉ではなく、もっぱら銃でもってけりをつけなければならない」との声明を出した。「ハリネズミがトラに勝つなんて所詮、漫画の世界。トラがハリネズミに負けるはずがない、と大国やその周辺国が過信している」との心配は杞憂だろうか。
少なくとも”ハリネズミ”はその気になっている。
(アジア・ウオッチ・ネットワーク 小堀 新之助 / 2013年4月)