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楽器製作にみる“職人気質”            (2015年10月2日)


平壌楽器展示会に出品された楽器類

楽器製作者 バク・ソンギュさん
金元均平壌音楽総合大学・楽器製作学部
オク・グィナムさん
 前回(9月22日)、北朝鮮の“モノ作り意識”の変化について、企業意識としての「ブランド製品」を例に挙げて紹介した。今回は「企業」ではなく、「個人」いわば「職人気質」として楽器製作を取り上げる。

 バイオリンの名器「ストラディバリウス」はイタリアの弦楽器製作者アントニオ・ストラディバリが作ったのもので、現在約600挺が存在するとされている。このバイオリンは数千万から数億円で取引されるというから、こうなると芸術品の世界だ。

 北朝鮮では2年ごとに楽器の品評会が開催されている。前回(2年
前)から「平壌楽器展示会」という行事名になった。 今年は全国の楽器製作所や演奏家が丹精こめて作った楽器やその関連部品、50種類、1,4000点余りが出品された。
 注目を集めたのは楽器メーカーよりも個人が作った楽器だった。「名器」と言われる楽器はほとんど手作りであるから、同じような傾向が北朝鮮でも見られたことになる。

 朝鮮の地方都市のハムフンのバク・ソンギュさん(41歳)は「平壌楽器展示会」にギターやバイオリン、御恩琴を出品した。御恩琴とは金正日総書記が金日成総合大学に通っていた1962年8月、軍事野営地で作ったとされる琴である。
 「うちは父親の時からギターやバイオリンのような楽器を作っています」と自慢するパクさんは、良い音色を出すために蔦紅葉やカエデ、エゾマツなどを材料にし、塗料は白頭山火山灰を微分して化学的方法で処理したものを使う。この処理で楽器の耐久性が向上する、という。天然材料なので脱色はしない。
 バクさんはバイオリン1挺を作るのに約60日間の手間をかける。 数人の演奏家が彼のバイオリンとドイツ製のベルゴンズ社バイオリンが奏でる音質を比べてみたところ、「音色はほぼ同じ」と評価した。父親から引き継がれた製作技術を駆使し、燃える情熱を注いで作り上げるバクさんの楽器製作技術は驚異的に向上している――専門家たちの評価だ。
 バクさんは「父親はいつも私に外国の技術と材料でなく、われわれの力と技術でもって必ず世界の有名な楽器に並ぶものを作るべきだと言ってくれました」と話す。

 金元均平壌音楽総合大学・楽器製作学部の5年生、オク・グィナムさん(23歳)は「今回の展示会は前回よりずいぶん発展して学ぶことが多く私も大学を卒業したら立派な楽器製作者になるつもりだ」と誓う。

 楽器製作は、素材の良し悪しを判断する目と確かな音感、優れた技術力が必要だ。技術力、モノ作りへの向上心は社会人全体が育てる。北朝鮮の“モノ作り意識”は、世界を目指している。

                          (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

続・北朝鮮とブランド製品            (2015年9月22日)



万景台慶興食料工場の生産コントロール室

リ・チョルサムさん
 2年前、「北朝鮮とブランド製品」(2013年9月20日)を紹介した。経済制裁が続く中、海外のいわゆる“ブランド製品”は入らない状況に変化はないが、国営企業がブランドを意識した販売戦略は順調に行っているようだ。
 前回取り上げたとのは「ポムヒャンギ(春の香)」。化粧品のブランドだった。今回は「慶興(ギョンフン)」と「先興(ソンフン)」を紹介したい。食品関連のブランドで、双方とも慶興指導局傘下の工場で生産されるから、姉妹関係にあたる。
 まず、「先興」ブランドの食品が人気を集め、その後「慶興」製品の需要が急増している。2つのブランドがヒットした理由について慶興指導局傘下、万景台慶興食料工場のキム・ジン支配人(49歳)は「数年前、外国製の食品がたくさん並んでいましが、それらは化学的方法で味や色を出しています。最初は人々の好奇心を集めましたが、健康に良くないようで、外国製食品は売れなくなりました」と述べた後、「わが人民の嗜好と体質に適う食品を作ろうと研究を重ねた結果、人体に無害な国内の天然香料、色素を取りあわせて生産を始めたが食品の評判がとてもよかった」と説明した。
 今、この工場ではビール、パン、菓子、砂糖、など6品種、200種類の食品を生産している。
 キム支配人は「わが社の代表的な食品である白米揚(煎餅のようなもの)は、この工場で初めて生産しました。市民の間で大好評を得ています」と胸を張る。

 慶興指導局のキム・ミョンフン局長は(51歳)は“慶興”のブランド名を経営戦略、企業戦略のうえから活用する計画を練っている。
 「わが国のビールは大同江(テドンガン)ビールが有名です。しかし
この工場で生産を開始したビールも好評です。近いうちにトップの座を“慶興ビール”が大同江ビールから奪います」と語る。

 普通江区域に住むリ・チョルサムさん(31歳)も慶興製品愛用者の一人だ。「化学的方法で食品の味や色を出す外国製品は健康に良くないでしょう。わが人民の体質と嗜好に合った食品を望みます。万景台慶興食料工場の白米揚げは味も良く、値段も安い。子供達には大人気です」と話す。
 これまで、北朝鮮の企業は、競争意識がない、コスト削減努力がない、などマイナスの印象が強かったが、ブランド意識が根付くようになり企業に民族的誇りと自負心が芽生えてきたようだ。こうした向上心や競争意識は、良い製品を生む原動力だ。軍事力の次は、庶民生活のレベルアップが求められている。

                          (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

白頭山観光の変化                  (2015年9月13日)


平壌観光社ガイド ガン・ヨンアさん

枕峰そば屋 調理師 リ・ピョンイルさん

平壌観光社 ギム・ナムチョル社長
 白頭山は朝鮮人の祖宗の山で名山の一つである。標高2,750メートル。冬は雪に覆われ白く見え、夏は頂の岩や石が白く輝いて見えることからそう呼ばれるようになったという。
 天地(チョンジ)と呼ばれる、神秘的なカルデラ湖がある。この山を分水嶺に西側には鴨緑江、東側には豆満江が流れる。
 北朝鮮は2011年、もう一つの名山、金剛山を国際観光特区と定めたが、今年は、白頭山の麓に位置する茂峰労働者区(標高1,220メートル)を国際観光特区と決め観光開発に力を注いでいる。7月〜9月には外国から観光客が大挙して白頭山を訪ねる。
 その「おもてなし」のために白頭山地区でのハーフマラソン観光、自転車観光、乗用車観光など趣向を凝らした企画を打ち出している。
これまで白頭山は外国観光客の独占状態だったが、最近はこの傾向に変化が見え始めていると言う。

 朝鮮国家観光総局平壌観光社のガイド、ガン・ヨンアさん(27歳)は、「白頭山を訪れる観光客の主流が外国人から北朝鮮国内の人に移っている」という。
 数年前までは国内の観光客は僅かだったが、今はその需要が満たせないほど盛況のようだ。急増した背景に交通インフラの整備・拡充がある以前は、白頭山観光をするには長時間の休暇を取らなければならなかった。白頭山の入り口は三地淵。平壌から三地淵を陸路、鉄道で移動するとなると数十時間かかった。
 しかし、平壌、三地淵間に航空機の定期便が開設された。飛行時間は1時間足らず。週2回ほど飛ぶ。これまで白頭山観光には1週間以上必要だったが、飛行機を利用することで2泊3日の白頭山観光が可能になった。

 白頭山天池と金正日総書記の生家、鯉明水の滝、乾蒼宿営地などの参観の他、この地の名産に舌鼓を打つことも白頭山観光の楽しみの一つだ。三池淵の枕峰(ベゲボン)そば屋の「ノンマグッス(殿粉で作ったそば)」や「ジャガイモ揚げ」、特産の山菜料理は絶品で、観光客から好評を得ている。

 枕峰そば屋の調理師、リ・ピョンイルさん(28歳)は「手作りのジャガイモ揚げをおいしく食べる観光客を目にするたびに、料理師としての誇りを感じます」と胸を張る。

 平壌観光社のギム・ナムチョル社長(44歳))は国内観光客の増加について「民族の文明水準はもちろん、いろいろな名所を観光開発した 労働党の恩恵が強く感じられます」と話す。平壌観光社では白頭山の他、七宝山、板門店、馬息嶺、 麻田などの観光も以前よりもっと多様に拡大する計画を持っている。

 観光は文化的魅力の向上に大きな役割を果たす。北朝鮮が経済逼迫状態を抜け出し、文化的生活重視の政策転換に舵を切った兆かもしれない。


 (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

耕地の効率的利用                  (2015年9月9日)



温泉果樹農場

作業班長 ソン・インチョルさん
 日本では少子高齢化が進み、人口は減少している。しかし、世界的にみれば人口は増加し続けている。
 世界の人口は1日で20万人、1年で7,000千万人も増え、今年
(2015年)は72億人を突破したとみられる。人類が地球から得ることができる「恵み」は限度を越えたと危惧されている。
 いま、世界各国では食料問題に対処すべく、農業の技術革新に取り組んでいる。国土の大部分が山である北朝鮮では、土地の有効利用が大きな課題であり、重要な政策の一つになっている。

 朝鮮中央通信は、大同江果樹総合農場を視察した金正恩第一書記が「すべての果樹農場で果樹と畜産、畜産と果樹の輪型循環生産システムを徹底に確立し、それを効果的に利用しなければならない」と強調した、と報道している。
 北朝鮮中西部にある「温泉果樹農場」は、限られた耕地面積を立体的に利用し、収穫を高めた農場として知られている。

 農場の技師長のハン・チョルマン氏(48歳)によると、この農場の耕地面積は数百ヘクタールしかない。そこに数百平方メートルのビニールハウスを建設し、各種野菜を栽培すると同時に数十匹のブタの飼育も始めた。収穫した野菜や果物の残りかすはブタの飼料に使い、ブタの排泄物は温室のタンクに蓄えておき、野菜や果樹の肥料として活用することで生産効率が向上したと言う。

 秋果物の代表ともいえる「リンゴ」はこれから本格的な収穫の時期を迎える。果樹園には枝もたわわに赤色のリンゴが収穫を待っている。2年前からは、「ハンブ」という高級品種のリンゴの栽培も始めた。栄養価が高く、3年後に本格的な収穫をして名産品にする計画である。この果樹園ならではの珍しい風景は、リンゴの木の間にサツマイモを生育していることだ。

 作業班長であるソン・インチョルさん(49歳)は「今年はリンゴりんごばかりでなくサツマイモも数十トン生産するようになった」と大喜びで話す。「ハンブ」リンゴが本格的に収穫できるまでは、サツマイモをはじめ色々な作物が植えられ、従業員たちの暮らしの足しにするようだ。この農場では土地を有効利用し収穫効率の向上を大きな目標にしている。

  (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

準戦時態勢と国際試合               (2015年8月31日)

朝鮮労働党中央軍事委員会非常拡大会議



第2回アリスポーツ・カップ
U-15国際サッカー大会
 軍事境界線を挟んだ南北の対立は、北朝鮮が朝鮮労働党中央軍事委員会非常拡大会議を開催し、21日に「準戦時態勢」を宣言、全軍人に対し「完全武装」を命じたことで一挙に緊張状態が高まった。
 米韓は17日から軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダム・ガーディアン」を実施していた。北朝鮮はこの軍事演習を「平壌侵略演習」だと強く反発していた。その矢先での南北対立の激化は、米国を巻き込んだ全面戦争、核戦争さえ危惧された。

 準戦時態勢の発令下、北朝鮮国内は重苦しい雰囲気に包まれていたに違いない。このように推測していたが、必ずしも戦争準備一色ではなかったようだ。
 全軍に準戦時態勢が発令された21日、平壌綾羅島(ルンラド)にある5・1競技場で第2回アリスポーツ・カップU-15国際サッカー大会が開催されていた。
 大会には、北朝鮮、ブラジル、ウズベキスタン、中国、フルヴァツカ(クロアチア)、韓国の6カ国、8つのクラブチームが参加した。平壌の南、170キロの軍事境界線では南北両軍がが臨戦態勢で睨み合う中での国際試合であった。
 競技場は少年たちの国際交流の和やかな空気に包まれていたよう
だ。北朝鮮のクラブチーム「4.25」と韓国の京畿道(キョンギド)の試合は、皮肉にも南北対戦となったが、観衆や選手は国の関係とスポーツは別との意識が浸透していたようだ。試合は真剣に戦い、試合が終われば互いの健闘を称え合い交流を深めた。

 牡丹峰区域から試合を見に来たロ・ジョンソクさん(70歳)は「今、軍事境界線一帯には危機一髪の危険極まりない情勢が生じた。その中で、サッカー競技を観戦しているとあの子供達だけは戦争の苦痛を知らずに育ってほしいと思った。おそらく北南の選手たちが一つのチームとなって世界舞台に進出すれば第一の強豪になるはずだ。血は水より濃い。今日、たとえ『4.25』の強い攻撃によって南朝鮮(韓国)は敗けたが、私ばかりでなく多くの観衆が南朝鮮(韓国)の選手たちにも熱烈な拍手を送った。」と話した。
 「4.25」のキャプテン、ギム・ボムヒョク君(15歳)は「南朝鮮(韓国)との対戦の時、一日も早く統一されて一つのチームになると我らにかなうものがないと感じた」と言う。
 韓国の選手たちは試合には負けたものの、観衆から真心込めた拍手が送られた時には選手全員が揃って礼儀正しく挨拶をした。この光景に会場に集まった市民は「朝鮮は一つ」の民族的感情が湧きあがったという。
 最前線では南北の軍隊が完全武装で銃口をつき合わせていても、サッカー競技場では南北の選手たちが「祖国統一を願い」ながら熱く手を取り合う、これが朝鮮半島の現実だ。

                  (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

スパイ容疑と南北関係               (2015年8月20日)



記者会見を取材する海外メディア
 日朝関係と同じように、米朝関係、南北関係も好転の兆しが見えない。2人の韓国人(キム・グクギ/金国紀受刑者とチェ・チュンギル崔春吉受刑者)がスパイ容疑で逮捕され6月に無期労働教化刑の判決が出たことは記憶に新しい。
 今度はカナダに住む牧師のリム・ヒョンス(林賢洙)容疑者
(60歳)がスパイ容疑で逮捕され、平壌で記者会見に臨んだ。

 リム・ヒョンス容疑者は今年1月30日、経済協力活動の名目で北部の国境都市・羅先市に入ったという。当時、北朝鮮はエボラ出血熱感染症ウイルス防疫の処置で外国からの全ての入国者に対し21日間の隔離と保健医療従事者の医学的監視を行っていた。
  リム・ヒョンス容疑者はこの措置に違反して2月1日に羅先市を発ち2日に平壌市に入ったところで当局に身柄を拘束された。
 リム・ヒョンス容疑者は記者会見で、「アメリカと韓国当局の指示を受けて北朝鮮の尊厳と体制を誹謗し、国家転覆陰謀を企んだ」と述べている。
 キム・グクギ、チェ・チュンギル受刑者の摘発、逮捕のときも北朝鮮は韓国・朴槿恵政権を激しく非難した。朴槿恵政権は一方で
「対話」をほのめかしながら、裏では米韓軍事演習で朝鮮半島の緊張を激化させている、というのが北朝鮮の主張だ。

 北朝鮮でのスパイ容疑で逮捕されたのは今回のリム・ヒョンス容疑者で5人になる。韓国系アメリカ人のベ・ズンホ氏は2年余り労働教化を受けたが、幸いにも釈放された。しかし他の3人、キム・ジョンウク受刑者(2013年10月に拘束された無期労働教化刑の判決)、キム・グクギ受刑者、チェ・チュンギル受刑者は今のところ釈放される見込みがない。
 このことは 先月に行われた朝鮮戦争・戦勝節慶祝の行事で、韓国・朴槿恵政権や米国とは対話をしない意志を表明したことからも推測できる。
 さらに北朝鮮は、韓国政府が脱北者による北朝鮮を非難・中傷するビラの撒布も黙認しているとみなし、北南関係に緊張状態が続いている。
 北朝鮮は妥協することがない。米・韓の敵対行為が続いていると北朝鮮が判断したとき、核(開発)に対する意志が高まるだろう。

                  (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

平壌時間に歓喜の北と戸惑いの南     (2015年8月19日)



8月15日、平壌鐘が打ち鳴らされた

平壌鐘の音を聴く市民
 朝鮮では15日、新しい標準時である「平壌時間」が始まった。「日帝残滓の清算」(朝鮮中央通信)ということで標準時を東経135度から朝鮮半島中央部の東経127.5度を基準とした。
 これによって、日本や韓国と30分の時差が生じる。これまで、ラジオ放送の朝鮮中央放送は日本時間の午前6時に始まっていたが、16日からは日本時間の午前6時30分の放送開始となった。
 平壌市にある朝鮮王朝時代の建物、大同門の横には北朝鮮の国宝・
「平壌鐘」がある。この鐘は1714年に火災で失われ、1726年に修復され今日に至っているが、朝鮮解放の翌年、1946年1月1日の0時に33度打ち鳴らされた。そして解放25周年の70年の8月15日、再び時を取り戻した象徴として、平壌鐘が打ち鳴らされた。

 平壌時間について市民の声を聞いた。
「平壌時間」をどう思いますか?
(牡丹峰区域の住民 ハ・ヒャンミョンさん/89歳)
 私は日帝の植民地時代も体験しました。自国の時間さえ奪われたわが民族の悲しみについて 今の若者たちはよく知らないでしょう。日帝は昼の12時になると東京時間で鳴らすサイレンの音に合わせて「正午黙とう」を押し付けるなど、朝鮮人たちの民族性を抹殺することに 狂奔しました。私はそれに反抗した理由で学徒兵に徴集されたが、途中で逃げまわっていました。
 今、「平壌時間」に合わせて鳴らす鐘の音を耳にすると胸がすうっとします。

「平壌時間」に合わす光景を見に来たのですか?
(中区域の住民 キム・ミョンシルさん/24歳)
 今夜、「平壌時間」を取り戻す歴史的な瞬間を体験したくてたまらなかったです。朝鮮人たちが自分の時間を取り戻したのは素晴らしい快挙です。

「平壌時間」に合わした感情はどうですか?
(4.25体育団のダイビング選手 金 菊香さん/16歳)
 うちの時計は私が合わせました。今日から私のすべての訓練と生活はこの「平壌時間」です。私は今度、国際水泳連盟(FINA)世界選手権大会で金メダルを獲得しましたが、来年のオリンピックでも必ず優勝する決意です。「平壌時間」にあわせて鳴り響く秒針の音は特別に意味深く聞こえます。

お年をめされているようですが「平壌鐘」と何か縁がありますか?
(平壌市中区域大同門棟の住民 シン・ドチョンさん/77歳)
 朝鮮人で「平壌鐘」と縁のない人はいないです。8月7日、日帝に奪われた時間を100年ぶりに取り戻すという記事を「労働新聞」で読んで待ち遠しかったです。「平壌鐘」の鐘音の谺(こだま)は私に国を守れと言っているようです。

33回の鐘の音を聴くのに時間はどれぐらいでしょうか?
(民族遺産保護指導局部局長 ロ・チョルスさん/52歳)
 7分間ほどです。鐘を撞く間、私は民族史に残っていた日本の汚物を処理していると思い、胸がどきどきしました。

 平壌時間の実施で韓国側には戸惑いがみられる。17日からは開城工業団地の出入り時間が変わった。平壌時間で実施されるため、開城工業団地の最初の出入り時間が30分遅れることになった。
 韓国統一部は「民族同質性に反する措置」と平壌時間の実施を批判している。南北対話も南北で異なる標準時間のように、ずれたままなのだろうか。
                    (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

故・金日成主席の対日政策に穿通したものは…?   (2015年8月14日)


金日成主席に挨拶する自民党・社会党
合同訪朝団(左/金丸信元副総理 右/田辺誠社会党副委員長) 1990年9月


ソン・イルホ(宋日昊) 大使
 第2次世界大戦の終戦70年を迎えるにあたり、安倍首相の「談話」に注目が集まっている。首相談話に「痛切な反省・謝罪」を明言することで、中国、韓国との関係が打開されるとの見方がある。しかし一方で、「日本が謝罪しても東アジア情勢は改善せず」との指摘もある。

 これは米国ウォール・ストリート・ジャーナル紙が掲載した記事だ。「…謝罪をしても、それは東アジアにおける真の問題の解決にはならないだろう。歴史をめぐる議論は、同地域の政治家たちによってそれぞれの国内目標のために利用されているのだ。歴史論議は、この地域では競合するナショナリスト的なアジェンダ(目標)をあおる。それらは領土紛争をかき立て、実際的な外交上の解決を排除してしまう。…」(THE WALL STREET JOURNAL/1月14日)

 戦後70年の節目を重要視しているのは中国、韓国だけでない。朝鮮労働党創建70周年を迎える北朝鮮は、中・韓以上に日本に対して厳しい姿勢を示すかもしれない。実際、今年の節目を祖国解放70周年、日本による明星皇后(朝鮮王后・閔氏)虐殺120年、「乙巳5条約(日韓保護条約)」捏造110年だとして、まさに「ナショナリスト的なアジェンダをあおる」動きを見せている。
 その手始めだろうか、8月15日から標準時間を30分遅らせる、「平壌時間」を制定した。北朝鮮は「日本の帝国主義者は朝鮮半島を無残に踏みにじり、前代未聞の朝鮮民族抹殺政策に没頭し、朝鮮の標準時間まで奪うという許せない犯罪行為をした」と主張している。

 一方、平壌からこんな便りが届いた。最近、長い間日本との事業に関係してきた朝鮮民主主義人民共和国外務省のソン・イルホ(宋日昊)大使が 1945年以後70年間の朝日関係歴史を振り返って眺めているなかで、金日成主席と日本人の関係を詳しく示した資料まとめあげ、日朝関係の表裏にある深い事実を歴史的に整理してみたという。ソン・イルホ大使はこれらの資料を元に本を出版するなどして国内外に金日成主席の対日政策の本質を知らしめるつもりのようだ。
 金日成主席は、外交においても敏腕的才能を発揮して、激動の時代に朝鮮民主主義人民共和国を守り抜いた。対日関係でどのような手腕を発揮したのか、興味深いものがある。

                    (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

代議員になった女子柔道の強豪          (2015年8月13日)

ケ・スンヒ (桂順姫)代議員


ベク・ギョンオク 選手
 谷(旧姓・田村)亮子参院議員は、かつて女子柔道選手としてオリンピックで2回、世界選手権で7回も金メダルを獲得している。柔道競技を引退した後、2010年の参議院議員通常選挙比例で当選した。

 北朝鮮にも谷議員と同じような女性議員が誕生した。ケ・スンヒ(桂順姫/36歳)である。ケ・スンヒさんが柔道を始めたのは9歳で、16歳の時に、アトランタ・オリンピックで田村(当時)亮子選手を破り金メダルを獲得した。
 田村選手の金メダルは確実とみられていたが、その夢を打ち砕いたのがケ・スンヒ選手だった。その彼女が先月北朝鮮で実施された地方人民会議代議員選挙で「平壌市代議員」に選ばれた。
 谷亮子議員と同じように議員になったことは因縁を感じる。金メダル候補の本命を破ったアトランタ・オリンピックの優勝は世界柔道界を驚愕させた。その後、2001年から2007年までの世界選手権では4連覇を成し遂げ遂げ、現在は牡丹峰体育団で監督とし北朝鮮女子柔道界を引っ張っている。

 地方人民会議代議員選挙で平壌市代議員に選ばれてことについて、「平凡なスポーツマンで、監督に過ぎない私が代議員になったのは夢みたいです」と話している。
 ただ彼女は運動選手一筋だったわけではなく19歳の時(1998年)から8年間、区域代議員として社会活動にも関わってきた。19歳という若さで代議員の重責を担ったことは負担ではなく、祖国のために国際競技で好成績を収めることが自分の責務だと誓い、国際競技で4回も優勝を勝ち取った。

 ケ・スンヒさんはスポーツマンとしては北朝鮮で最高の栄誉を浴び、恵まれた人生を歩んできた。13歳で共和国少年スポーツ名手、15歳で共和国スポーツ名手、16歳になると人民スポーツマン、そして22歳では北朝鮮国民の最高栄誉である労働英雄の称号を授かり、24歳の時には金日成賞を受賞している。
 平壌市代議員になった喜びに胸を弾ませ「人民が私に賛成投票したのは祖国の栄誉をとどろかすような立派な選手たちを育成することを期待したからだ」と話した。そして、「スポーツ選手でも代議員になる制度のために、さらに励みます」と付け加えた。

 ケ・スンヒさんから指導を受けているベク・ギョンオク(20歳) 選手は「ケ・スンヒ監督が平壌市代議員になり選手皆は大喜びでした。私もケ・スンヒ監督のように人民や全世界の知る立派なスポーツ選手になるため、さらに猛訓練に励みます」と興奮ぎみに話した。

   (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )


投票率                       (2015年7月26日)

リ ジンア さん

キム ギジョン さん

投票するキム ヨンエ さん
 2014年12月に実施された衆議院選挙の投票率は、52.66%(小選挙区)で戦後最低だった。20歳代の投票率は33.1%、70歳代は76.9%という数字から、投票を「義務」と高齢者は考え、若い人は「個人の自由」と、とらえているとの分析もある。

 一方、北朝鮮では、毎回、100%に近い投票率、と発表されるのが常だ。
 7月19日、地方議会に相当する道・市・郡人民会議代議員選挙が行われ、代議員2万8452人が選出された。北朝鮮の選挙は立候補者は1つの選挙区に1人だけで、複数の候補者が争うことはない。
 したがって候補者同士による政策論争や選挙運動は行なわれない。
これでは選挙への関心が低いと思われるが、北朝鮮では選挙も社会活動の一つとみなされるのであろう。今回の選挙の後に中央選挙指導委員会は「選挙を通じて、金正恩第一書記の指導の下に主体革命偉業を完成しようとする全人民の意志を誇示した」と強調したことからも、このことが伺える。

 投票日は休日となる。多くの市民が投票所周辺で踊りを披露するなどして選挙を盛りあげたようだ。
 今回の選挙について市民の声は…。

*平壌外国語大学英語学部学生リ・ジンアさん(17歳)
 「初めて選挙権を行使できました。世界柔道界で名をとどろかしたケ・スンヒさんに賛成投票しましたが、選挙に参加する感動は忘れることができません」

*牡丹峰区域のキム・ギジョンさん(82歳)
 「もちろん、賛成の投票です。私は戦勝節に際し催される第4回全国老兵大会にも参加するようになった。共和国のふところで青春時代は勿論、老年期も生き甲斐のある生活を送ることができ嬉しいです」

*綾羅イルカ館ガイド、キム・ヨンエさん(29歳)
 「今日、わたしが賛成投票した人は平凡な労働者です。労働者も国の政事を論ずる代議員に選ばれたのがとても嬉しいです。今日は一日中踊りたい気持です」

 朝鮮中央通信は今回の投票率を99.97%と報じている。


   (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

自転車専用レーン               (2015年7月23日)



 日本では自転車と歩行者の接触事故が多発し社会問題となっている。警視庁によると、昨年、自転車と歩行者の事故は全国で2625件、ほとんどは軽傷事故だが死亡事故も5件あった。
 かつて自転車は車道を走るのが当たり前だったが、自動車が激増した1960年(昭和40年)代になり自転車の歩道通行が暫定的に認められた。その結果、今度は自転車と歩行者の接触事故 が起こりはじめた。自転車はどこを走るべきか、模索が続いている。

 北朝鮮でも近年自転車が急増し、歩行者との軽い接触事故がしばしば起こっている。平壌市内は歩道が広く、自転車は歩道を走っていた。しかし、歩道上に「自転車レーン」の表示はなく、歩行者との接触が増加し問題になっていた。

 そこで昨今は、歩道上に「自転車専用レーン」を設置するようになり歩行者と自転車の接触事故が減ったと言う。
 「自転車専用レーン」は歩行者用と区別が簡単にできるように区分けの線が引かれている。自転車を走行する人だけでなく、歩行者にも分かりやすく仕切られている。平壌は自転車や歩行者が共存できる街に変貌している。

 最近、目立つようになったのが電動式自転車だ。その普及に大きな影響を与えたのは、春と秋に開催される「平壌国際商品展覧会」である。
 今春、電動式自転車を購入したリグャンボク(35歳)さんは「普通の自転車に比べるとスピードが出る。歩行者との接触が不安だったが、自転車専用レーンができ安心して走行できる」と語る。 

 最近、北朝鮮は新型トロリーバスの開発を進めたり、植樹を積極的に行ったりするなど、市民生活、自然環境優先の政策を重視している。自転車専用レーンの設置も最高指導者(金正恩第一書記)の昨今の施政の繊細さを伺うことができる。北朝鮮の変化を些細なことからも読み解くとことは、重要だ。



     (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

孤児7人の母は20歳の娘さん         (2015年7月18日)


チャン・ジョンファさん
 日本では親が幼児・児童を虐待するニュースが珍しくなくなってしまった。厚生労働省・社会福祉行政業務報告のデータでは、虐待による死亡事例は年間50件を超え1週間に1人の子どもが命を落としている勘定だ。
 母親が死亡した子供の加害者になる事例は30%を超えている。子育てに苦悩し、解決策が見つからず、わが子に手を挙げてしまう悲しい姿と、モノは溢れているが人間性が失われつつある日本社会の負の影が浮かび上がる。

 北朝鮮から届いた話題は、悲痛な幼児虐待とは正反対のものだ。
「7人の母は20歳の娘」が北朝鮮国内で多くの人に感動を与えてい
る。娘の名前はチャン・ジョンファさん。南浦市の公共サービス管理所で働いている。
 2年前、18歳の時に3人の孤児(男児)を引き取っている。チョンリマ製鋼連合企業所の労働者が死亡した時、残された3人の男児を引き取った。その2ヵ月後、なんと彼女はさらに4人の孤児の世話を始めた。7人の「母」になったわけである。
 20歳の娘なら、まだ親のすねをかじる年頃かもしれない。社会主義体制下で社会保障が整備されているとは言え、若い娘が働きながら7人の子供を育てるのは並大抵の苦労ではない。

 金正恩第一書記は、第2回全国青年美風先駆者大会に参加したチャン・ジョンファさんと面談し、「彼女は、実の親と変わらない愛情を子供たちに注でいる」と、その子育てを高く評価した。
 今、北朝鮮ではチャン・ジョンファの美徳を見習う若者が増えているという。この話題を伝えてきた人は「物質的な満足を追求するのではなく自己犠牲的の中で幸福を感じるのが、北朝鮮の美徳であり、精神世界である」と強調した。

                       (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

新平壌国際空港ターミナル        (2015年7月5日)




 北朝鮮の空の玄関口、の空の玄関口、平壌国際空港に新ターミナル
(第2ターミナル)が完成し、1日に竣工式が行われた。ガラス張りのモダンなデザインで、首都の国際空港に相応しい風格を備えている。
 金正恩第一書記は6月下旬に新ターミナルを視察している。この時、金正恩第一書記は「現代的美観と民族的特性が調和するよう立派に施工された」と述べ、満足したようだった。
 日本には「閉鎖国家・北朝鮮」の先入観がこびりついているようだが北朝鮮は確実に国際協調への足取りを速めている。

 新ターミナルに携わる人たちに聞いた。
(ジョングムゾン 空港長/53歳)
Q:新ターミナルが始まる感想は?
A:朝鮮にもこんな世界的水準の空港があるんだと声高く叫びたい。
 空港に勤めてから30年間にもなる。あと30年間ずっと続けたい。
 またこんなに立派な空港の建設を決め、完成してくれた元帥(金正恩)
 様に感謝の意を表し、人民軍兵士達にもあいさつの言葉を述べたい。
Q:初のエアラインは?
A:11時30分発、瀋陽行きの高麗航空機が132人を乗せて出発する。
 お客は真新しいターミナルで最高のサービスを受けられる。実に運が
 よい。

(万寿台創作社手芸創作団の美術家 ヤンヘランさん/44歳)
Q:新しい空港から海外へ向かう感想は?
A:この立派な空港を見ると世界に向かうわが国の気概がよくわかります。新しい空港で初の客になったことは幸せで
 す。これから世界的レベルの作品を作りたいです。

(喫茶店従業員・ホンミョンジンさん/23歳)
Q:開店したコーヒー店はどうですか?
A:ターミナルの中のあらゆるサービス施設がこれほど立派に整えてあるとは想像もできなかったです。
 店の設備も一新され大変気に入っています。空港を訪ねるお客に真心を込めてサービスします。

(白頭山建築研究院建築室 キムミョンソブ室長/53歳)
Q:空港の設計は初めてですか?
A:はい。私は朝鮮統一発展銀行、大学生向けのパン生産工場等、小規模の建築物ばかり取り扱って来た。
 しかし、平壌国際空港のような大規模の設計を担当になり心配で眠られなかった。元帥様は2012年7月、白頭山建築
 研究院で空港の設計をするように指示され、我々設計チームは世界各国の空港を見て回った。元帥様は多くの資料も
 送ってくれた。私は空港を設計する過程で多くを学んだ。また一つの大学を出たようだ。我々は元帥様の教えを肝に
 銘じて、民族的かつ近代的な空港を設計するために努力した。例えば、空港の正面のガラス張りの壁と空港のホール
 の床に「白虎」を刻みこんだ。「白虎」はわが民族の英知を示したもの。いまや世界的な空港も自力で設計できるよ
 うになった。さらに10の空港を建設する自信がある。

(丹東漢高口岸物流有限公司の社長)
Q:新空港を利用する外国人としての感想は?
A:私は丹東に住んでいます。今まで何回も朝鮮を行き来したが、列車でした。今回は空港が竣工されたので飛行機に
 しました。新しい空港で、初めての客になりたかったのです。とても立派で世界的レベルの空港です。
 朝鮮は猛スピードで発展しています。金正恩指導者の大した政治実力がうかがえるこの新空港は、全ての人々を感動
 させることでしょう。

                     (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

判決の意味するもの              (2015年6月30日)


 6月26日、北朝鮮のメディアは、スパイ活動の容疑で逮捕した韓国人2人が、北朝鮮の最高裁判所で無期労働教化刑の判決を受けたと報じた。
 2人の韓国人は金国紀(キム・グクキ)被告と崔春吉(チェ・チュンギル)被告で、北朝鮮は3月26日に、韓国の「国家情報院」から指示を受けたスパイとして逮捕したことを公表している。
 逮捕から3ヶ月、2人の裁判が北朝鮮の最高裁判所で行われ、その様子が写真などで公開されている。写真には刑事訴訟法に従った「参審員(陪審員に類似したもの)」も写っている。写真公表の意味は、この裁判が司法制度に準じて行われた、と強調している点にあるだろう。
 2人の韓国人は逮捕後の記者会見で、金正恩第一書記の関連資料や国家機密を収集、韓国国情院に報告したたほか、「謀略宣伝」を行ったことを認めているが、裁判審理でもこれを否定しなかった。
 北朝鮮の刑法では「国家転覆陰謀罪」は死刑か無期労働教化刑となっている。検事は被告らの行為は死刑に値すると断罪したが、弁護士は同一民族であることを重視し減刑を主張、判決では無期労働教化刑
が言い渡された。死刑を免れた2人は嗚咽を漏らしたと、北朝鮮のメディアは伝えている。

 一方、韓国政府はこの裁判結果を受け入れることができないとしている。そのうえで、今回判決を受けた2人の他、いまも北朝鮮に拘束されている宣教師のキム・ジョンウク氏、韓国系の米国在住大学生チュ・ウォンムン氏の韓国送還を要求している。
 南北関係は、さまざまな思惑がからみあい読み難い。北朝鮮は今年の方針を示した新年辞で「南北最高位級会
談」について直接言及し、中断された高位級会談再開の意志を示した。
 また、この裁判の直前には不法入国した韓国人夫妻を速やかに韓国へ送還している。硬軟織り交ぜた戦術だ。
今回の判決は、死刑回避だから「軟」か、無期労働教化刑なので「硬」か、これだけでも判断しがたい。韓国側の対応が注目される。

                       (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

結婚記念の植             (2015年6月27日)

結婚記念の植樹をする

リャン フンイル、ホ ウンシムさん夫妻

リ ウンギョウン、コ イルナムさん夫妻
 結婚式の話題がもう一つ、平壌から届いた。新郎・新婦とも婚礼衣裳が朝鮮の伝統的な民族衣装、バジ・チョゴリとチマ・チョゴリになっているというのが前回の話題。今回は、結婚記念の植樹についてである。
 5月5日掲載の「植樹と指導者」では、387万8000余本の植樹が実施され、10年後には全国の山々を緑で覆うことを目標にしている、と紹介した。この植樹ブームの影響か結婚記念の植樹が流行しているとの話。 
 初夏の時、週末ともなると、平壌の景勝地、牧丹峰をはじめ多くの名所には婚礼祝いの木を植えるカップルの微笑ましい姿が目立つ。
 朝鮮中央通信社の辣腕記者、リャンフンイルさん(30歳)は婚礼の日中央植物園で国樹である松の木を植えた。彼が今年に入り植えた木は15株を数える。
 そのなかでも、結婚記念の植樹は彼と新妻にとって生涯忘れることのできないものだろう。リャンさん、ホさん夫婦は子宝に恵まれたら植樹の場所を再訪し、水をやり、剛直な心を持つ子供に育てることを誓いたいと言う。

 中区域慶尚洞のリウンギョンさん(29歳)も新郎と共に婚礼祝い植樹をした。彼女は、祝いの木が成長して枝を伸ばし、葉が茂るほど家族の幸せも大きくなると信じている。
 リさん、コさん夫妻は「植樹は即ち愛国主義」として、金正恩第一書記の北朝鮮に緑を取り戻す方針を守っていきたいと話した。

 北朝鮮で、もはや植樹は形式的で真心の伝わらない儀式ではない。若い人たちを中心に国の緑化が国の繁栄に繋がると信じて植樹ブームが広がりを見せいている。北朝鮮の山林復旧10年計画は、立派に花を咲かせるだろう。

                     (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

花婿の衣装              (2015年6月17日)


(右)チェ グァンミョンさん

(右)リ ナムヨンさん
 梅雨入り。うっとしい気分になる。しかし、6月は衣替えの季節でもあり、夏の制服を目にしたり、爽やかな夏服を着こなす人に出会ったりすると、初夏の訪れを感じる季節でもある。

 結婚を意識したカップルにとっては「ジューンブライド(June bride)」、6月の結婚式は、気になるだろう。欧米では6月に結婚すると幸せになれるといわれている。日本でも数十年前からそう言われてきたが、実は、6月の挙式はそれほど多くないという統計が、厚生労働省から出ている。

 所変わって北朝鮮。結婚式のピークは4〜6月だという。花が咲きほころぶ季節の週末の名所や景勝地は、婚礼のためのカップルが目立つ。
 特に、新婦が着飾る朝鮮の女性民族衣装、チマ・チョゴリは華麗かつ優雅で、花咲き誇る風景の中で艶やかな姿が際立ち人々の目を引く。
 北朝鮮の結婚衣装は新婦がチマ・チョゴリ、新郎はスーツ(洋装)が一般的だった。しかし、最近では新郎も民族衣装のバジ・チョゴリで身を飾る。新しい世代の若者らに朝鮮民族が創造した伝統文化を引き継いでもらい、さらに発展させたい、という北朝鮮当局の思惑もあるよう
だ。若者たちに、祖先の創造したバジ・チョゴリを着て民族の優れた伝統に誇りを持て、ということである。世界遺産でもある高句麗壁画古墳にはバジ・チョゴリ姿の男が描かれていて、この衣装が朝鮮史のなかでも悠久性を持つことを示している。

 高麗空港総局の職員のチェグァンミョンさん(32歳)は、「博物館でのみ見物できるバジ・チョゴリを婚礼の日に着のは気が進まなかった」と話す。しかし婚礼当日、バジ・チョゴリを着てみると、人々の羨望の眼差しを感じ、嬉しく誇りに思ったという。結婚を控えた彼の友達は、婚礼にはバジ・チョゴリを着ると皆に誓ったそうだ。

 任務中に足を負傷したリナムヨンさん(30歳)は北朝鮮でいう「栄誉戦傷軍人」である。バジ・チョゴリを着て婚礼をあげた。「友人・知人から結婚祝として真新しいスーツなどをプレゼントされましたが、結婚式には朝鮮民族の誇りある衣装を身に着けたかった」と笑みを浮かた。車イスで颯爽と新婚生活を送る姿は、若い2人が暮らす楽浪区域の人々に爽やかな印象を残している。

 金正恩第一書記は、先代領首の遺訓の実現を目指す一方で、朝鮮民族の伝統を活かし発展させることも重要だと強調した。結婚シーズの最中、北朝鮮の衣装店にはバジ・チョゴリへの注文が殺到している。

                     (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

祝日と経済制裁圧力              (2015年5月20日)



 5月1日は、ヨーロッパでは夏の訪れを祝う日に当たる。日本なら「新緑」「立夏」などの季語がぴったりの日だろう。北朝鮮は冬が長い。この時期ならまだ「春粧」「春陽」がふさわしいが、遅い春の到来を告げる、労働者の日の祝日である。

 暖かな日差しが差し込んだ平壌の街は、朝早くから市民の活気に包まれた。民族衣装・チマ・チョゴリを着飾る娘さんや春らしく衣替えした市民たちが向かう場所は、平壌で最高の絶勝の地、牡丹峰だ。
皆、ピクニックのご馳走、おやつを抱えている。
 牡丹峰にある平地はあっという間に市民の姿に覆われた。平壌から送られてきた写真をみると、上野公園の桜の花見のようである。人、人、人の波だ。家族連れ、職場の仲間が集い、持ち寄った食べ物が披露される。「花より団子」の雰囲気が牡丹峰の空間を支配する。早春の香りが漂い、食欲を刺激する美食の香りが次第にこびりつく。
 ピクニックのご馳走を堪能すると次は余興だ。これも、日本のお花見に似ている。自慢ののどや踊りを披露する姿があちこちに見られ
る。あるお年寄りのグループは自作の寸劇パフォーマンスを見せて周辺の拍手喝采を受けていた。

 牡丹峰の乙密台は外国人観光客にとっても定番コースである。祝日を楽しむ北朝鮮の人々をカメラに収める外国人観光客も多い。
かつて、祝日を愛でる市民の姿をビデオに撮って日本で見せたところ当局によるヤラセ・演出ではないか、と疑われたことがある。

 日・米から絶え間ない制裁を受けている北朝鮮には、市民が祝日に公園に繰り出して遊戯に浸る余裕はない、との先入観があるからだろう。日本政府は、北朝鮮に対する輸出入の全面禁止などを含む独自経済制裁の2年間延長を期限前に早々と決めた。「行動対行動」の原則が有効で圧力を強めることが、日朝交渉に有効と判断したようだ。
 しかし、メーデー祝日を楽しむ北朝鮮市民の姿から、経済制裁の効果は感じられない。北朝鮮の人々が「圧力」に屈するとは思えない。禍根を残すだけの結果に終わりそうな気がする。
                       (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

植樹と指導者              (2015年5月5日)

航空・対空軍第447軍部隊で植樹をする
金正恩第1書記  (3月2日)


 5月4日の祝日・みどりの日は、「自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」ことを趣旨として2007年に制定された。今年も、国公立公園が無料開放されたほか、国民が自然に親しむための各行事が各地で催された。

 北朝鮮にも「みどりの日」と同じ趣旨の日がある。3月2日の「植樹デー」だ。20年前の「苦難の行軍」時代、北朝鮮では山林のほとんどが荒廃した。さらに、アメリカなどの経済制裁が強まり、北朝鮮を圧迫する環境が続く。
 それでも、全国を樹林化、園林化する運動は展開されてきた。3月初めの北朝鮮はまだ「春遠し」である。しかし、訪れる春を緑や艶やかな花で飾るため、この日は朝早くから多くの市民が作業服姿にシャベルやツルハシを持って外に出た。
 今年は日朝、朝米、南北関係が順調とはいえない。そのためか、緊張した植樹デーの標語が目立った。党中央委員会・党中央軍事委員会共同スローガンは、「山林復旧戦闘を自然との戦闘」としている。
 金正恩第1書記は、幹部の前にした演説で「国の山林を10年内に無条件復旧しなければならない」と強調した。特に、「山に登って木を濫伐するのは逆賊も同然」だと厳しい表現で、不法伐採を断罪した。そして、金正恩第1書記自らも空軍部隊を訪れパイロットたちと共に植樹を行なっている。
 この日、指導者の呼びかけに応えて、北朝鮮全域に387万8000余本の木が植えられたという。北朝鮮は10年間で全国の山々の緑を取り戻すことを目標にしている。
 目標が達成されるなら、2025年には北朝鮮のすべての山が緑に覆われる。長い視点で成果を定めることができるのは、若い指導者を持つ北朝鮮ならではかもしれない。若い指導者を持つ国の政策が結実することはないなどと、国際社会は見くびってはいけない。
                       (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

北朝鮮の「ブラック・ジャック」   (2015年4月2日)


リム・ヒョンダン医師
 美容整形手術といえば韓国が世界に誇る一つかも知れない。授かったものを「人工の美しさ」を求めて改造することに批判がある。手術の失敗や術後のケアの問題でトラブルも多くなっていると聞く。
 今回、北朝鮮から届いた整形手術の話は、美容整形ではない。しかし、若い娘さんの希望を叶えたという点では同じだろう。

 ソンミ(当時19歳)さんは8年前、化学実験中の爆発に巻き込まれ顔に火傷を負った。顔に火傷、ということでソンミさんは、強いショックを受けた。
 ソンミさんの火傷のキズを8年がかりで取り除いたのがリム・ヒョンダン医師だ。
 手塚治虫の代表作「ブラック・ジャック」は、神業ともいえるテクニックを使う医療漫画であった。リム・ヒョンダン医師はブラック・ジャックのように娘さんの顔を蘇生させた。彼女の功績は、北朝鮮医療界の成功例のモデルケースと言われている。
 美容整形手術が盛んな韓国や欧米に比べて、北朝鮮の整形外科の歴史は短いようだ。整形手術の成功は奇跡的かも知れない。
 一般に、整形手術の費用は決して安くない。韓国の美容整形手術は安いといわれるが、それでも簡単な二重目蓋の手術でも10万円ぐらいはかかる。
 北朝鮮は原則医療費は無料だ。リム医師がソンミさんの治療に要した期間は8年間、手術は150回以上に及んだ。入院は総計で1,460日以上になったという。
 北朝鮮の社会保障システムは医療、教育費の免除だけではない。平壌市の中心部に新しく建設されたチャンジョン通りの高層住宅も家賃は無料だと聞いている。もちろん、国によって社会保障のありかたは違いがあり、どの国が良いとは単純に言い切れない。
 しかし、人権無視国家として非難を受ける北朝鮮には、日本や欧米とは違った社会保障システムがあるのも事実だ。日本や韓国のメディアは北朝鮮の社会システムの不備な一面を強調するが、優れた面は全く伝えようとしな
い。 政府間の交渉どころか市民間の理解も遠くなるばかりである。リム・ヒョンダン医師の偉業は世界に広まっても良いと思う。
                       (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

冷え込む日朝関係と「金正日花」  (2015年3月9日)


 昨年5月の「ストックフォルム合意」は、膠着した日朝関係を打開するのではないかと多くの人が期待した。菅官房長官は「米国にいちいち許可を受けているわけではない…」(2014年6月2日)と述べ、日・米・韓同盟を犠牲にしてまで合意に持ち込んだ決意が伺えた。
 しかし、ここに来て再び日朝関係は、停滞している。昨年末に発足した第3次安倍内閣は、これまで何度も拉致問題の解決を前面に打ち出してきた。しかし、何一つ成果を出せないままだ。「ストックフォルム合意」を日朝間の問題だとして米・韓の干渉を撥ね退けた安倍総理も今年1月の中東訪問では拉致問題や核開発を持ち出した。

 日本は、韓国・朴槿恵(パク・クネ)大統領が外遊するたびに日本の歴史認識問題などを取り上げ、日本批判を展開することを「告げ口外交」と指摘している。
 翻って、安倍総理が外国訪問するたびに拉致問題を取り上げることは、北朝鮮からみれば「告げ口外交」そのものだろう。日朝の信頼関係は泡のごとく消えつつある。

 その北朝鮮では、日朝関係などは眼中にないかのように、2月は逝去した金正日総書記の誕生日記念行事を粛々と行なったようだ。金正日総書記の誕生日記念行事で市民の関心が高いのが「金正日花の祭典」である。
 「金正日花」はベゴニアの一種で、皮肉にもこの花の生みの親は日本人である。1980年代、静岡県掛川市の園芸研究家・加茂元照氏が品種改良を積み重ね、1988年2月16日、金正日総書記46歳の誕生日に寄贈されたという。

 日朝関係が正常化されれば「金正日花」は日朝友好の代表的なシンボルになるだろう。しかし、日朝間には対抗心や嫉視感が漂ってい
る。金正日花の祭典場が日朝交流の場になるにはまだ時間がかかりそうだ。

 (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

遠のく朝鮮半島の緊張緩和   (2015年2月16日)
 2015年の朝鮮半島の動向を見極める重要な指標は、北朝鮮の新年辞にあった。米・日・韓のメディアや各国の朝鮮半島研究者の注目を集めたのは、 金正恩第一書記が、4分の1程度を割いて、南北関係の改善を強調したからだ。
 韓国側にも肯定的な反応があり、緊張緩和に希望を抱いた。
 しかし、米国のオバマ大統領は、映画会社へのサイバー攻撃を北朝鮮の仕業と決めつけ、制裁を認める大統領行政命令に署名した。
 また、北朝鮮が核開発を取りやめる譲歩の姿勢を示しながら、米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」と「乙支フリーダムガーディアン」の中止を迫ったが、米韓はこれを一蹴した。さらに、オバマ米大統領は、北朝鮮の体制は「いずれ崩壊するだろう」と述べ、北朝鮮側の強い反発を招いた。朝鮮半島は緊張緩和どころか、一挙に対決の構造に至ってしまった。

 米国の反北朝鮮政策に憤激した金正恩第一書記は「狂犬はもう相手にしない」と述べ、アメリカとの対決姿勢を鮮明にしている。
 朝鮮半島で対立が強まる中、北朝鮮は2月8日、新たな祝日を迎えた。朝鮮人民軍創設記念日である。北朝鮮ではこれまで、故・金日成主席が満州で抗日遊撃隊を組織したとされている4月25日を祝日・建軍節にしてきた。
 本来、朝鮮人民軍の創設は、南北に分断国家が成立する前の1948年2月8日であった。(大韓民国は1948年8月15日、朝鮮民主主義人民共和国は9月9日建国)いずれにしても、1950年から始まった朝鮮戦争で朝鮮人民軍は米軍を中心とした連合軍と正面から戦った。
 皮肉にも2月8日を祝日に制定した今年、朝鮮戦争での奮戦を思い起こし、反米精神の高まりを確認する意味が強まってしまった。平壌市内は穏やかな雰囲気よりも、緊張感が強かったと言う。金日成広場では青少年学生の吹奏楽と行進合唱コンクールが行こなわれ、まるで、対米戦争を宣したかのように力強い戦時歌謡が響きわたった。
 一方、金正恩第一書記はこの日、高速艦に搭載された艦対艦ミサイルの発射実験を現地指導した。ミサイル5発が東海(日本海)に向かって発射され、北朝鮮の怒りが放たれた感じだ。
 米国の介入でますます混迷を深める中東地域のように、朝鮮半島情勢も緊張感が高まった。3月上旬に予定されている米韓合同軍事演習は、国際社会の関心を集めるだろう。
                       (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

千里の道            (2015年2月6日)


 北朝鮮では、子供たちに金日成主席の足跡を踏査する体験学習を勧めている。代表例としては、「光復の千里の道」の踏査がある。
 冬の厳しい季節に体験してこそ意味があるとして、いま北朝鮮の各地方から数千名の生徒が平壌に集まり、金日成主席の生家のある万景台(マンギョンデ)から北部の葡坪(ポピョン)までを踏査、行軍する。送られてきた写真を見ると、生徒たちの顔には幼さが残り、10代前半らしい。。

 今から90年前、日本に奪われた国を取り戻すため、金日成主席は14歳で生家を離れ、千里の道を一人で歩きながら、必ず国を取り戻す決心を固めた、と主席は回顧録に残した。
 この「千里」、朝鮮式の尺度で、実際には400キロほどだが、それにしても東京〜大阪の距離になる。10代半ばの孤独な旅は、少年にはさぞかし不安であったろう。
 今回、平壌に集まった生徒は模範生で、踏査、行軍が終わると、金日成主席と同じ道を歩めたことを一生の誇りとするようだ。北朝鮮には、この「光復の千里の道」の行軍のほかに、金日成主席が12歳のときに歩んだ「学びの千里の道」の行軍がある。これは、「光復の千里の道」とは逆コースになる。 金日成主席が12歳のとき、両親と一緒に逃れていた中国東北部から生家・万景台までを歩いた道である。

 大人にも力に余る千里の道を、子どもが歩くというのは簡単なことではない。重い背嚢を背負って微笑をたたえる生徒たちの表情が印象的だ。

 数年前、金正恩第一書記は生徒たちの行事に参加し、祖国の未来はわが子どもたちのものだと説いた。北朝鮮の孤立化、崩壊を狙っている米、日、韓などの国々は、写真に映る笑顔をどう理解するのか。
                         (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

戦時偽装網の意味   (2015年2月3日)


 いま、日本は、自分たちの主張のためには人命を何とも思わない集団の酷い仕打ちに遭い、憤っている。一般的には、、自分らの主張を通すため、暴力的な破壊活動を行うことを「テロ」という。
 もちろん、何一つ罪のない、ジャーナリストの命を絶つ行為に賛同はできない。 ただ、「テロ」「テロリスト」という言葉が安易に使われることに疑問も感じる。
 米国のオバマ大統領は、ある国の指導者を馬鹿にした映画を製作した会社へ、サイバー攻撃を行ったとして、その「ある国」を「テロ支援国家」に再指定する考えを示した。指導者を侮ったことに国民が憤り、映画制作会社に抗議行動を起こすことが、「テロ支援」のレッテル貼に値するのだろうか。
 話は変わって北朝鮮。異常気象の影響か、今年の降雪量は過去の記録にないほど多い。そのため、今年は除雪車が忙しく動き回る姿が何日も見られた。
 北朝鮮では降雪量が少ないので、専用の除雪車はない。夏場は農地を耕すトラクターに除雪装置を付けたものだ。この農作用トラクターが臨時で除雪車に変身したわけである。それだけの話なら長閑(のどか)である。
 ところが、このトラクターに急遽、戦時用偽装網が張られた。 しかも、偽装網はトラクターだけでなく、トラックなど、他の車両にも張られている。これは、米国・オバマ大統領の対北朝鮮強硬姿勢が理由らしい。
 民間用運輸機材の戦闘動員準備の点検とみられるからだ。北朝鮮は朝鮮半島の緊張緩和のため、自らの核実験の中止を打出し、米韓連合軍事演習の中止を提案した。
 しかし、米韓はこの提案を「強盗の脅迫」として無視したため、北朝鮮側は自国のへの軍事演習に対抗する処置として戦闘動員準備の態勢に入ったようだ。

 北朝鮮の最高指導者・金正恩第一書記は、強引に自国の主張を言い放つのではなく、朝鮮半島の緊張緩和、民族和解へ向けた南北関係の改善のための首脳会談を、新年の辞に載せて提案した。北朝鮮の立場に立てば、「テロ支援国家」のレッテル貼りは、心外だろう。
 農耕用トラクターを改造した除雪車にも偽装網を張るようになったのは、雅量と善意を示した提案を無視する米韓側にあると思っているのに違いない。
 歴史的に怨念が深く絡む宗教的対立を基にする中東と、双方が和平を模索しながらも、前提条件を絡ませ、複雑にこじれてしまった朝鮮半島の情勢は、国際社会の関心を引く。
                        (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

大同江(テドンガン)ビールの秘密  (2015年1月26日)




 半島Focus「平壌市民の暮らしぶり@ビール人気」(2013年12月1日)で「北朝鮮の大同江ビールをは韓国のビールより美味だ」との英国週刊誌の記、事を載せたところ、多くの人が「信じられない」と思ったようだ。
 百聞は一見にしかず、で実際に味わってもらいたいが、今の日朝関係では朝鮮観光もおいそれとはいかない。
 この大同江ビール、生産開始は2002年4月と歴史は長くない。しかし、金正日総書記が現地指導をし、国の威信をかけたビール生産だけに世界のビールと比べても味、品質で劣らない。
 なぜ大同江ビールが美味いのか、ビール工場のリ・ヘナム技師長に話をうかがった。

−(大同江ビールの)反響はいかがですか。
 昨年イギリスの雑誌『エコノミスト』は、「北朝鮮の大同江ビールは驚くほどおいしい。なぜ南朝鮮(韓国)の人はコクのないビールを飲むのか」と言ったそうです。南朝鮮の東亜日報も、「北韓(北朝
鮮)のビール、国産ビールとの試飲評価で判定勝ち」という記事を出し、韓国醸造科学会長のヨム・ヘンチョル氏など5人が試飲評価会をやったそうです。
 国産ビール3種と大同江ビールを試飲したようですが、5人全員が大同江ビールを第一位と評価し、南朝鮮のビール業界が衝撃に見舞われたようです。
 今も平壌を訪れる外国人は、ホテルや食堂などで大同江ビールを飲んでは、その味と香を忘れることができないと言っています。
−ビールの主な原料は何ですか。
 古代スメル人によって作られた時から6,000年の歴史を持つビールは、民族的特性、生活慣習、気候、ビールの開発歴史などによって地域別に特性を持っています。
 ドイツをはじめヨーロッパ人は、アルコール含量5%程度のもので強い苦味と麦芽の香を好みます。、
 中国をはじめアジア人はアルコール含量3〜4%程度のもので弱い苦味と米の味を好むようです。
 大同江ビールはアルコール含量と米の配合比率によって7つの種類があります。 その中でも、100%麦芽を使用したアルコール含量5%の第1番ビールは、麦芽とホップの芳香と苦味がありヨーロッパ人の間で人気があります。
 米を30%使用した第2番ビールは、あっさりと爽やかな味でヨーロッパ人もアジア人に好評です。
 そして、100%米を使用したアルコール含量4%の第5番ビールは女性から人気があります。
 コーヒーの香が強くアルコール含量13%の第6番ビールとアルコール含量10%の第7番ビールは、いわゆる黒ビールでこれらはヨーロッパ人向けの味に仕上がっています。
−大同江ビールの質は何で保証しますか。
 大同江ビールは原料処理から製品の包装にいたるまで数十件の高い技術処理を施しています。
 2008年に国際品質管理システム認証ISO-9001を、2010年には食品安全管理システム認証HACCPを受けることができました。

 工場を参観したアメリカのAP通信の社長は、「ここのビールは世界の有名ビールと肩を並べるほどおいしい。多くのアメリカ人が、大同江ビールを味わう機会を持つことを希望する」と言いいました。日本の共同通信社の社長も、「大同江ビールの味に感心した。ビール好きな日本人が、一日も早く大同江ビールを飲むことができたら どんなにいいだろう」という感想文を書き残しました。
 大同江ビール工場の経営者たちは、大同江ビールが今後数年内に世界第一流ビールの仲間にと加わるとの確信を持って言っています。
                        (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

米国の経済制裁とは?  (2015年1月17日)




 北朝鮮は穀物生産の向上にむけ、毎年最大限に力を注いでいる。
昨年(2014年)、金正恩第一書記は、新年の辞で農業生産を最も重要な政策と示した。そのためか、干ばつに見舞われたものの、穀物の生産量は大きな支障を受けなかったようである。

 北朝鮮は毎週金曜日をオフィスで働く公務員の「労働日」としてい
る。「ホワイトカラー」が労働の現場で汗を流す、いわゆる「金曜労働」である。
 1月9日、新年最初の金曜労働の日、平壌の金日成広場に中央機関などで働く公務員、数千名が集まった。彼らは、平壌市周辺の野菜専門農場に1万3500点余りの農具や2000トン以上の堆肥を運んだ。農村への支援が、新年最初の金曜労働の「汗」であった。
 北朝鮮ではこの汗を「戦闘」と表現することがある。最初の「戦闘」が、農村支援であることから、今年も穀物生産の向上が重要課題であることが読み取れる。

 ところで、昨年は人権問題とサイバー攻撃を巡って朝・米間の対立が高まった。新年早々(2日)、オバマ大統領はソニーの米映画子会社に対するサイバー攻撃を、「 北朝鮮の仕業」と決めつけ、経済制裁を科す大統領令に署名した。
 これに対し北朝鮮は、「米国がわれわれに対する体質的な拒否感と敵対感から抜けられないことを示している」
(北朝鮮外務省報道官)と非難した。
 さらに、「制裁は、われわれを弱体化させるのではなく、先軍(軍事重視)の宝剣をより強める結果をもたらしてきたことを米国は知るべきだ」と制裁への反発を強めた。
 米国の追加制裁で北朝鮮は打撃を受けるのだろうか。金曜労働の数日前、金日成広場で新年辞を貫徹する決意集会とデモがあったが、米国の制裁で人民の団結が強まったと聞く。
 また、金曜労働で田畑に堆肥を施す公務員たちは、米国の制裁など全く関心を示さなかったと言う。こうなると、米国の追加制裁は、北朝鮮人民に敵愾心を強くさせ、農業生産にとっては精神的な「良い肥やし」になるようにも思える。
                         (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )

新年辞と南北関係   (2015年1月16日)
 


新年辞の方針を貫く集会(2015年1月6日)
 昨年(2014年)の北朝鮮は、ミサイルの連続発射やサイバー攻撃
(米国は北朝鮮の行為と断定したが北朝鮮は否定)などで国際社会の耳目を集めた。しかし、ウクライナ問題や「イスラム国」の過激な動きに比べるなら、比較的、穏便な年だったと言えるかもしれない。

 では2015年、北朝鮮はどう動くのか。それを見極める大切な指針となるのが新年辞である。金正恩第一書記にとって3回目となった新年辞は、米・日・韓などのメディアや世界の研究者の関心を集めた。
 今年は朝鮮労働党創設と植民地支配からの解放、70年の節目の年である。それは南北分断70年でもある。新年辞では全体の4分の1程度を割いて、南北関係の改善を強調し、「南北首脳会談もできない理由はありません」と述べている。

 北朝鮮国民にっとっても新年辞は、1年間の国の方針を知る重要なメッセージである。会社、学校などいたるところで新年辞を周知徹底するための、大々的な学習キャンペーンが繰り広げられる。バスや地下鉄の車内はもちろんのこと、道ちを歩く人も寸暇を惜しむように本や新聞に見入っている。新年辞の学習に熱中する人が街に溢れる、これは北朝鮮の
正月風景でもある。

 1月6日は、冬の冷たい風が吹き付ける日であった。しかし、平壌市内の金日成広場は数十万の市民の熱気で覆われた。新年辞の方針を貫く決意の集会とデモがあった。南北両首脳の対話と和解を示唆する新年のメッセージは、不安定な朝鮮半島の情勢が、平和と安堵に変わる初夢を抱かせた。
 新年辞の最後は「家庭の幸福」だった。「希望に満ちた新年2015年を迎え、全国の家庭に幸福が宿ることを願います」だ。北朝鮮では「国のために頑張ろう」的な終わり方が多い。その中では、異例の締めくくりである。
 北朝鮮のこの冬は、寒い日が多いと聞く。にもかかわらず、新年の辞を学習する北朝鮮の人々から、万事うまく行くことを望む、明るい表情が伺える。
 北朝鮮は南北関係正常化に向け、今まで以上に踏み込んだメッセージを韓国側に投げかけた。
                       (アジア・ウオッチ・ネットワーク 北朝鮮取材班 )


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